2015年09月28日

投資詐欺調査の勘どころ

広義の詐欺と、狭義の詐欺の、2種類がある、と私は思ってます。

しかし、どちらにしても詐欺は詐欺。

まずこの点はしっかりと把握しておきましょう。


私は不幸な経歴を持っていますので、投資詐欺については少々敏感です。
こんなこと自慢にも何にもなりませんが、自分で調べて詐欺くさいなー、と思ったところが次々と詐欺だと明るみに出た経験が何度もあります。もちろん詐欺くさいなー、と思ったところには手を出しませんので、こういうところでは被害には遭いませんでした。

実を言えば・・・私が怠けて調査を行わなかった結果として投資被害にあったことがあります。これは痛恨の極みでして、今だに資金が戻ってきていません。
ではなぜ怠けたのか、といえば仲介者を信用したから、です。つまり、仲介者の信用調査を丸呑みした結果として詐欺被害者となった今では自分が調査しなかったことについて、後悔している、ということです。
では自分で調査していたなら詐欺被害には遭わなかったのか?と言えば・・・多分その案件では私も見抜けなかったでしょう。理由は最後に書きます。

投資詐欺調査の難しいところは、もちろんなのですが決定的な投資詐欺の証拠は、発覚前には絶対に見つからない、というところにあります。
極端な話、詐欺グループが適当に資金を運用した結果として莫大に資金が増え、わざわざリスクのある詐欺行為をしなくても利益を分配して感謝されて終了した、というストーリーだってありえるわけです。

つまり、詐欺だという決定定期な証拠をつかむことが出来ないなかで、いかにして自衛のために調査を行えるか。ここが勝負どころです。

そして問題なのは、詐欺師側もバカではない、ということでしょうか。バカではないどころじゃなくて、極めて頭がいい、と思ったほうがいいでしょう。
しかし最初から詐欺行為でお金を騙し取ることが前提ですので、どうしても矛盾点や疑問点、そして表面上は問題ないのに、「何だか変だなあ」 という皮膚感覚としての違和感を覚えることがあります。私は何度かこの違和感のおかげで詐欺被害をさけることができました。

そして、こういう経験が重なると・・・以前の経験値を元に次を調べられますので、徐々に調査時間は短くなり、そして自分なりの調査結果に自信はもてませんが、何となく 「これでOKかな」 と思えるようになります。結局はこの 「勘どころ」 のようなものが重要な要素になるんですね。

逆に言えば、私が長い年月をかけて養ってきたこの 「勘どころ」 をうまく外してくるような詐欺師がいたとしたら・・・それは凄いと思います。
私を騙せたら凄い、という意味じゃないですよ。私の言う「勘どころ」というのは、やっぱり他人にも説明できる情況証拠ですので、そういった状況証拠を残さない、または消せる、もしくは詐欺ではなく問題のない投資としての情況証拠を残しつつ、詐欺を行うなら・・・・それは本当に凄いです。

ですがこのパターンだったと思うんですよね、冒頭に書いた 「他人に調査を任せたけど、引っかかった案件」 のことです。
見聞きしている限りにおいて、恐らくは、ですが、その投資は全然詐欺ではなく、まっとうな投資商品だったはずですが、運用会社の中に悪人が潜んでおり、ある程度の資金が溜まった段階で抜き取ってドロン。
つまり、情況証拠も現実も、悪人がドロンする寸前までは問題のない投資だった可能性が高いのです。
これではどんなに調査しても、詐欺ではないのであれば情況証拠も集まらず、皮膚感覚としても違和感を得ることは出来なかったでしょう。

自分で調査しなかった後悔はありますが、詐欺発覚後に私が仲介者に文句も言わず、そして仲介者の調査が駄目だったから、とか、仲介責任を取れ、などということを言い出さないのはこういう理由があったからです。
仲介者が資金を抜き取ったり、悪人と共犯であれば別ですが、そうではないと思いますので共同の被害者として考えるしかありません。少なくても私には 「仲介責任をとれ」 というメンタルは一切ありません。投資はすべてが自己責任ですからね。


posted by 音有 at 18:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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